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神戸地方裁判所尼崎支部 平成元年(わ)153号 判決 1991年11月11日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中八〇〇日を右刑に算入する。

理由

(被告人の身上、経歴等)

被告人は、本籍地で父甲野二郎、母春子の第二子の長男として生まれ、尼崎市立立花中学校卒業後、二、三の会社の工員として働いたが会社が倒産するなどしてそれぞれ退職し、昭和四四年一二月大阪府豊中市役所環境事業部に臨時雇いのごみ収集員として採用され、半年後正式職員となり、判示第二の犯行で逮捕されるまでごみ収集員として稼働していた。

被告人は結婚したことなく、住居地で両親及び妹らと同居していたが、異性との性交経験はなく、父の勧めで昭和六一年一一月ころ結婚斡旋所の会員となって数回見合いをしたことがある。

後記のとおり、被告人には顕著な学習障害が認められ、学校時代の成績は極めて悪かったが、同人の知能の遅れに気付いていた父親は、同人を溺愛する反面その躾は厳しく、被告人が学校や勤務先を欠席することはほとんどなく、学校では精勤賞を貰ったこともあった。被告人は、少年時代カブスカウトやボーイスカウトに入れられていたこともあり、山歩きが好きで、最近に至るまで休日には自転車に乗って西宮市、神戸市所在の甲山や六甲山などにも出かけ、特に本件各犯行地である兵庫県西宮市<番地略>所在の五ケ池や仁川ピクニックセンター付近には頻繁に訪れており、同所の山下ボート店を拠点として右五ケ池で釣りをしたり、ビールを飲んだりし、同所に遊びにきていた子供らに声をかけ、彼らとボート遊びをしたり、ジュースなどを奢ってやったりして、勤務先での嫌な出来事の憂さ晴らしをしていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和六二年五月一一日朝、出勤するため家を出たが、その頃勤務先で嫌なことがあったので、阪急塚口駅前の公衆電話から休暇の届けをし、自転車を同駅前の一時預かり所に預けて同所から電車・バスを乗り継いで、午前一一時ころ前記五ケ池に赴き、釣りに興じた後、兵庫県西宮市<番地略>仁川ピクニックセンター内の前記山下ボート店でビールを飲んで休憩中の午後三時ころ、同所を訪ねて来て同店の経営者の妻山下三恵子と話していた乙川夏子(当時五六歳)が、右山下の勧めもあって、被告人に蕨取りに連れて行ってと頼んできたことから、同女を案内して同市<番地略>甲山湿原仁川地区に赴いたが、その入口付近で長さ1.1ないし1.2メートル位、太さ七センチメートル位の丸太杭(平成元年押第五二号の19は、これよりやや大きめの類似のものである)を拾い、これを手にして蛇などを追い払いながら右湿原地内を二人で四〇分位蕨等を取り歩いた後、付近の棧橋に腰を掛けていたところ、約六、七メートル前方でしゃがんで草の新芽を取っていた同女の下着が見えたことから劣情を催し、付近に人の気配がないことを奇貨として、強いて同女を姦淫しようと企て、右丸太杭を手にして背後から同女に近づき、丸太杭を近くに突き刺しておいて同女の肩に両手を置いたところ、驚愕した同女が這って逃げようとしたので、同女を失神させて姦淫しようと決意し、両手が右丸太杭を振り上げて同女の背後から左首筋を狙って殴りつけたが、同女が少し動いたため右丸太杭は同女の左側頭部に当たったものの、同女が失神せず被告人の方を振り向いてにらむようにしたので、このまま逃げられては犯行が露見するものと考えるとともに、あくまでも強姦を遂げるため同女を殺害しようと決意し、逃げようとする同女に対し、右丸太杭で同女の頭部を力一杯殴打し、同女をその場に仰向けに転倒失神させ、同女の衣服を脱がせて姦淫しようとしたところ、同女の口から出血している様子などを見て姦淫の意思を失い、その目的を遂げなかったものの、そのころ同所において、右暴行に基づく頭蓋骨骨折による頭蓋内損傷により同女を死亡させて殺害し、

第二  平成元年三月一九日正午ころ、前記五ケ池で相当量のビールを飲んでいるうち、同所でボート遊びをしていた丙沢秋子(当時一一歳)ら五人の小学生に声を掛け一緒に遊んだりした後、前記山下ボート店で自らはビールを飲んだりしながら同女らにジュースなどを奢ってやったりしていたが、午後四時過ぎころになって同女らが帰宅しかけた際、最後に右池の周りをかけっこして帰ろうと誘いかけたところ、同女らが尿意を催したので、立ち小便で済ませた他の男子四名を先に出発させ、残された同女の用便が済むのを待って、級友らの許へ連れていくため、付近の山中に入り、同四時三〇分ころ、前記仁川ピクニックセンター阪急フィールドアスレチック北西側山中まで同行したが、にわかに劣情を催し、同女が一三歳未満であることを知りながら、付近に人の気配がないのを奇貨として、強いて同女を姦淫しようと企て、同所において、いきなり「可愛がったろか」等といいながら右手に同女の頭髪に手を触れたところ、驚愕して大声で助けを求めながら来た道を後戻りして逃げ出した同女を二、三〇メートル追尾して捕らえ、その場に押し倒し、その上着をめくり上げるなどしたが、同女が再び逃走を試みたので、犯行の露見を防ぐとともにあくまで強姦を遂げるため、同女を殺害しようと決意し、同女を追いかけて捕らえ、同所付近のテーブル大の岩石上に引き倒し、左手でその後頭部を右岩石に強く一回打ちつけたうえ、同女のズボン、パンティー等をはぎ取る等したが、意識を取り戻した同女が更に逃げ出したのでこれを追いかけ三たび捕らえて引き倒し、同女の顔面に左手掌を当てて、二、三回その後頭部を地面に強く打ちつける等の暴行を加えて失神させ、道路下の谷間へ引きずり込み強いて同女を姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかったため、その目的を遂げなかったものの、そのころ同所において、右暴行に基づく頭蓋底骨折によるクモ膜下出血により同女を死亡させて殺害し

たものであるが、被告人は右各犯行当時、いずれも精神遅滞に加え飲酒酩酊等の影響もあって、心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)<省略>

(争点に対する判断)

本件の事実認定に関する争点の第一は、判示第一(乙川夏子事件)の犯行態様ひいて殺意並びに強姦の犯意の有無及びこれに関する自白の任意性・信用性であり、争点の第二は本件各犯行時における被告人の責任能力である。そこで、右各争点について、順次当裁判所の判断を示すこととする。

第一  判示第一の犯行態様等について

被告人は、捜査段階において、判示認定にそう自白をし、かつ、第一回公判の被告事件に対する陳述の際にも犯行を認めていたにもかかわらず、第三回公判及び第六回公判において、「被害者の肩を揉んでいるときに何か物を取ろうと思ってかがんだら、同女の上にかぶさってしまい、同女から主人と息子とか触られたことがない所を触ったといわれた。謝ったが被害者は許してくれず、警察にいうといって立ち去ろうとしたので遮ったところ、被害者が持っていたナイフで切りつけてきた。そこで、ナイフを叩き落とすために丸太杭で、左下から右上へ払うように、ナイフを持っていた被害者の手を殴ったところ、被害者の右の耳付近に当たった。被害者を殴ったのはその一回だけであり、その時点では姦淫するつもりはなかった」旨述べて殺意及び強姦の犯意を否認し、弁護人も、弁論において、「被告人が被害者を一回殴打したあと、同女が振り向いて被告人をにらむようにしたので、更に殺意をもって殴打したという状況は常識的に考えられず、被害者は被告人の一撃によって昏倒させられたとみるべきであるが、被告人が殺意をもって殴打したといえるかどうかは疑問であり、強姦致死一罪をもって処断されるべきである」旨主張する。

そこで前掲関係各証拠によって検討するに、まず、犯行態様、殺意等の点はともかくとして、被害者が被告人の行為によって死亡したものであることは争いもなく、関係証拠によっても(任意性に争いがある自白調書を除いても)明らかなところであり、この事実は動かしがたい。また、医師(兵庫医科大学法医学教室)菱田繁作成の平成元年四月一七日付解剖結果中間報告書によると、頭蓋骨の損傷部位に関する主要解剖所見として、「頭蓋骨は合計一八個の骨片に分かれ、これらを慎重に繋ぎ合わせると、ほぼ一人の頭蓋を形成するが、前頭蓋窩及び顔面骨の一部は欠損し認められない。そして、この組合わされた頭蓋には、左頭頂骨及び左前頭骨等に半ば粉砕状の骨折が認められ、以上の各所見から、死因は、頭蓋の粉砕状骨折から推定して、脳損傷あるいは頭蓋内出血が最も考えられる」旨の記載があり、更に、司法警察員松本浩之作成の鑑定の立会報告書によれば、前記鑑定医師の所見として、死因は、「頭蓋の粉砕状骨折から推定して、脳損傷あるいは頭蓋内出血が最も考えられる。粉砕状の骨折は、左頭頂骨を中心に打僕が加わった疑いがある。それも固い物で相当強い力で打撲が加わったものと思われる」旨の記載があり、これらの証拠(以下、右各証拠を解剖結果中間報告書等と総称することもある)も、客観的証拠として、動かしがたいものといわなければならない。

右に述べたことを前提として、被告人の自白調書の任意性・信用性につき検討するに、まず、任意性に争いがある各自白調書については、証人石田節夫及び同藤澤秋彦の公判供述はもちろんのこと、被告人自身の公判供述によっても、捜査官らによる暴行、脅迫または強制があったとは到底認められず、ことに司法警察員に対する供述調書(以下、員面と略称する)については、毎回くどいほど具体的に黙秘権の告知がなされており、これらの任意性に疑いの余地はない。

次に、自白調書の信用性については、被告人は取調の当初、平成元年四月七日付のものから同年同月一〇日付のものまでは、被害者が勝手に転んで失神し、姦淫しようとしたが死んでしまったので、死体を裏山に運んで放置して来たなどと、あいまいな供述をしていたが、同年同月一〇日被告人の案内で被害者乙川夏子の散乱した白骨死体を発見した後、初めて犯行の具体的状況を概括的に自白するに至り、同年同月一二日に、「これまで、被害者が勝手に転んで頭を打って死んだようになればよいという気持で話していたが、被害者の衣服を移動したことをいろいろ聞かれ説明に窮したし、これ以上嘘をいったりしても、死体の骨が全部出てくると、どこでどうなったか刑事さんに分かる。この際正直に話す。昨日から、棒で殴った、強姦する気だった。わしが殺したという話をしかけたが、一晩よく考えて、それでもいう気になればよく思い出して話せばよいといわれたので、一晩よく考えたが、はっきり思い出していえることだけいっておきますので、調書にして下さい」といって、犯行当日の被害者との出会い、蕨取りに出掛けることになった経緯、蛇を追い払うため太さが手首位で七、八センチ、長さは胸までの約一メートルの丸太杭一本を持って湿地帯を歩いたこと、棧橋に戻って来て、腰掛けて被害者が草の新芽を取っているのを見ているうち、強姦したくなって丸太杭で被害者の後ろから首筋を殴ろうとしたが、同女が少し動いたので頭を殴ってしまったこと、それから丸太杭で同女の頭を殴りつけたり、仰向けに倒れている同女の顔に丸太杭を投げつけると、それが口に当たったこと、その後裸にしたり、同女を草むらに捨てたりして、殺したことなどを述べ、その旨の同日付員面が作成され、その後二二通にのぼる員面あるいは検察官に対する供述調書(以下、検面と略称することがある)が作成されたものであるが、それらの内容は、犯行に至る経緯、犯行の状況経過、犯行後の行動等について、その細部を述べたものであり、殺意の点に関しては、被害者の頭部を丸太杭で一回殴った後、「被害者はその場で右手を地面につき、上体をやや地面に付けるように動いて、顔だけ左へ回して横を向きかけた。にらみつけて逃げようとしている。逃げられては大変や。この場で殴りつけて殺してやれという気になって、頭部を力一杯殴りつけた」旨自白しているところ、ここで特筆注意すべきことは、前記解剖結果中間報告書等によれば、収集した合計八十数個の被害者の骨片を鑑定処分許可状を得て鑑定に付したのが同月一四日であり、以後同月一七日までに鑑定医がこれらの骨片を検したという鑑定の日時経過との関係であって、そうだとすれば、これらの骨片を組み合わせてその損傷部位を特定し、その成傷契機や死因を推定するのはまことに困難であり、法医学の高度な知識に乏しい捜査官らには全く知り得ないことというほかないのに、それに先立って、被害者の頭部に二回にわたり丸太杭で打撃を加えて殺したという前記四月一二日付員面は、まさに犯人しか知り得ない秘密の暴露に当たるというべく、また、被害者の頭部を丸太杭で一回殴打した後、更に殺意をもって力一杯被害者の頭部を殴打したという自白は、「頭蓋に左頭頂骨及び左前頭骨等に半ば粉砕状の骨折が認められ、これから推定して、左頭頂骨を中心に打撲が加わった疑いがあり、それも固い物で相当強い力で打撲が加わったものと思われる」という解剖結果中間報告書等と合致するのであって、これらの点からみて、被告人の自白の信用性は極めて高いものと認められる。もっとも、丸太杭の握り方に関して、右手を上にしたものか左手を上にしたものかの点などにつき供述の変遷が見られるが、それらはさして重要な点に関するものではなく、自白の信用性にいささかの影響をも与えるものではない。なお検察官は、被告人が丸太杭を投げつけ被害者の口に当たったという自白は、義歯のひび割れからみて、秘密の暴露に当たるというが、義歯のひび割れは、法医学あるいは歯科医学の知識のない捜査官らにも容易にわかることであり、右自白は必ずしも秘密の暴露に当たらないと考えられるが、右の点も自白の信用性を揺るがせるものではない。

これに対し、被告人の前記第三回公判以降の公判供述は、解剖結果中間報告書等の客観的証拠と合致せず、よしんば被告人の公判供述が被告人の確かな記憶に従ったものであり、そのようなことが真実あったといってみたところで、右の客観的証拠からすれば、更に被害者の左頭頂部付近に、致命傷となる強力な打撃が加わる状況があったとしなければならない道理となり、合理的に首肯しがたいのであって、「右に払った丸太杭が被害者の右耳付近に一回当たっただけ」という被告人の公判供述は極めて不合理というほかなく、到底措信できないものといわなければならない。

そうすると、右のとおり充分に信用できる被告人の自白をはじめとする前掲関係各証拠を総合すれば、判示第一事実は、犯行の態様、殺意及び強姦の犯意の点を含めて、優にこれを認定することができ、本件関係全証拠により更に検討しても、右認定に合理的疑いを容れる余地はないから、この点に関する被告人及び弁護人の主張は採用できない。

第二  責任能力について

弁護人は、被告人は本件犯行当時精神遅滞及び人格障害に起因する情動不安定の状態に、飲酒による酩酊が加わり心神耗弱の状態にあった旨主張し、これに対し、検察官は、鑑定の結果によれば、被告人に若干の知能の遅れはあっても、被告人の社会生活状態等に徴すると、完全責任能力の状態にあった旨主張する。

そこで、前掲各証拠なかんづく鑑定人佐藤正保作成の鑑定書及び同人の第一四回公判における供述(以下、単に鑑定結果と略す。)により、これらを総合して検討する。

すでに認定判示したところからも明らかなように、本件各犯行態様は、いずれの犯行も強固な姦淫目的で凶行に及んだというよりも、各強姦行為の実行に着手するや否やの早い時期に、これに驚愕した各被害者のかなり強い抵抗ないし必死に逃れようとする行動にあい、その犯行の露見を恐れ周障狼狽して、短絡的に、より大きな殺人行為にまで及んでしまったもので、ここに本件各犯行の特徴がある。

ところで検察官は、鑑定結果が、被告人に鑑定書記載の基礎的な資質の血管があることは認めつつ、本件各犯行自体は合目的的に遂行され、その行動に了解不能なところはないとして、被告人の本件各犯行当時の是非の弁別及びこれに従って行動する能力は「かなり」障害されていたとしても、右に「かなり障害されていた」というのは、いわゆる「著しく障害されていた」というのとは区別して用いたとの鑑定人の公判供述をも参考にして、被告人には完全責任能力が存在すると主張する。

そこで検討するに、前記鑑定結果は、「被告人の知能指数は言語性のそれは六三、動作性のそれは七八、総合してのそれは六五で、動作性のそれを強調して、被告人の知能は境界域にあるものとし、精神遅滞が認められる。しかも知能に比して学業成績が極端に悪く、器質的な学習障害が認められる。更に、情性欠如性の人格障害をも示しており、加えて、超男性とも呼ばれ、高い犯罪傾向を示すことが知られているXYY型の性染色体異常がある。これらによって、被告人には自制心のない、幼稚で短絡的な、行動化しやすい性向が認められ、加えて、犯行当時、被告人には長年の父親とのあつれき、葛藤状況があり、劣等感の原因ともなっていた。また、いずれの犯行時においても軽い単純酩酊状態にあって、精神運動性の興奮を伴っていた。しかし、犯行自体は合目的的に遂行され、その行動に了解不能性はないとして、被告人の犯行時における、是非の弁別及びこれに従って行動する能力はかなり障害されていた」というのである。

そこで、この結論が検察官主張のとおり、被告人の責任能力に欠ける点はなかったということになるのか否かを検討する。

まず被告人の精神遅滞の点について、同鑑定人は、結論として被告人の知能を境界域にあるものとしているが、これは疑問である。同鑑定人は一方で、知能指数五〇から七〇は軽愚、同七〇から八〇が境界域とするのが一般的で、軽愚の場合には限定責任能力を認めることになるというのである。従って、被告人は先に見たとおり、言語性の知能指数は六三、動作性のそれは七八、総合してのそれは六五であるから、当然軽愚となるべきである。しかるにこれを境界域としたのは動作性のそれが七八だから境界域だといつているに等しく、総合してのそれが六五であることを明らかに無視しているとしかいえない。これは、鑑定人が被告人の社会生活において示しているかなりの適応能力や事件後様々な隠蔽工作をしていること、また、犯行の露見を防ぐという目的にそう相応の行為をしていること等に引きずられ過ぎて、矛盾を来したものというほかない。同鑑定結果によれば、被告人はやはり軽愚域に属する精神遅滞の状態にあったものといわざるを得ず、そうだとすれば限定責任能力が考えられなければならない。付言するに、被告人は死刑求刑のあった公判期日において、最終陳述の機会を与えられるや、突如として職場の上司同僚を強く非難し、これに処罰を加えるよう口走ってやまず、たまりかねた弁護人の制止にあって、ようやく右発言を中止したという状況があったのであって(このことは当裁判所に顕著である)、反省の情がないというよりは、むしろ自己の置かれた厳しい立場さえ充分に理解していない様子が窺われ、あまりにも愚かというほかはない。

加えて、前記本件各犯行の特徴に鑑みると、被告人は生来性素質と生後間もなくの脳の器質性障害、その後の環境要因が相乗して前記精神遅滞と惰性欠如性の人格障害に、犯行当時、各被害者のかなり強い抵抗にあい、これと被告人の家族内での心理的葛藤ことに父親とのそれや、職場におけるあつれきによって精神情動は極めて不安定になっていたことが窺われる。鑑定結果は、犯行時被害者から被告人の劣等感を刺激する言動がなされて、被告人の情動をさらに不安定にし、激情を触発した可能性がある旨指摘する。ここに被害者の言動というは、何も被害者が被告人が字が書けないといったとかいうことだけを意味すると狭く解すべきではない。被告人としては、ちょっと肩とか髪に触ったぐらいで何を大騒ぎするかという感覚が、その劣等感のゆえにあったのではないかと思われる。こうした被害者らの動作も、ここに言う被害者の言動に当たると見るべきである。そしてこれら被害者らの言動が被告人の劣等感を刺激し、飲酒酩酊により相乗され、脆弱な自我の抑制を越えて、激情の爆発を触発した可能性を否定し得ないのである。このように見て初めて本件犯行の異常性が理解できる。

してみると、本件各犯行は、その動機・目的及び態様等にも徴すると、被告人の軽愚域にある精神遅滞を根底とし、これに相当量の飲酒による酩酊が加わった情動不安定に基づく激情にかられての犯行であり、是非善悪の弁別及びこれに従って行動する能力がかなりという程度を超え、著しく減弱していた状態の下での犯行であるとの合理的疑いを払拭できない。従って、判示のとおり、被告人は本件各犯行当時、いずれも精神遅滞に加え飲酒酩酊等の影響もあって、心神耗弱の状態にあったものと認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中強姦致死の点は刑法一八一条(一七九条、一七七条前段)に、殺人の点は同法一九九条に、同第二の所為中強姦致死の点は刑法一八一条(一七九条、一七七条)に、殺人の点は同法一九九条にそれぞれ該当するところ、いずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項、一〇条により、それぞれ一罪として重い殺人罪の刑で各処断することとし、いずれも所定刑中死刑を選択し、なお本件各犯行は心神耗弱者の行為であるから同法三九条二項、六八条一号によりそれぞれ右各刑をいずれも無期懲役刑に減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、同法四六条二項本分、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の無期懲役刑のみを科し、その余の刑は科さないこととして、被告人を無期懲役に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中八〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、極めて自己中心的かつ短絡的な動機から二度にわたって同様の判示各犯行に及び、二人もの貴い人命を奪った悪質かつ重大な事案である。被害者乙川夏子は、若いころ勤務先の妻子ある上司との間に一男をもうけ、その上司の認知を受けてこれを養育し、その結婚により孫二人の祖母となり、本件当時は同人らに囲まれてようやく安らかに暮らすようになっていたものであり、また、被害者丙沢秋子は、父三郎母冬子の長女として生まれ、妹とともに養育され、勉強も良くでき、活発で明るい小学校五年生の少女で将来を嘱望されていたものである。本件各犯行態様及び結果は残虐悲惨であって、到底許し難く、各被害者の家族に与えた悲しみ及び憤りは計り知れず、行楽地で白昼敢行された本件各犯行が社会に与えた不安も甚大で、その犯情はまことに芳しくなく、反省の色を見せない法廷での被告人の態度に各被害者の遺族らが被告人に対し極刑を望む気持も十分理解し得るところであり、被告人の刑事責任は極めて重いといわざるを得ない。しかしながら、前示のとおり、被告人は精神障害による情動不安に駆られ本件各犯行ことに各殺人行為にまで及んだものであって、結果の重大さに茫然とし、員面及び検面によれば相当の反省の情を示していながらも、精神遅滞により適切な慰藉の気持を表す能力に欠け、そのことが遺族らの被害感情を一層厳しいものにしている。知能の遅れている被告人を溺愛しつつも厳しく躾けてきた父は、地元の市役所を定年退職し年金で生活しているものであるが、当公判廷において、事の重大さに被告人の本件処遇について死刑も仕方がないと述べつつも、老後の生活のために貯えてきた資産を投げ出してでも、各被害者の遺族らに対し慰藉の方法を講じたいと述べているが、遺族らの厳しい被害感情に阻まれ、示談交渉は進捗していない。その他、被告人に前科がないこと、強姦そのものは未遂に終わっていること、弁護人が指摘する被告人の職場における精神的葛藤や本件各犯行に計画性はないこと等被告人に有利と思われる諸事情を十分斟酌してみても、被告人の本件罪責はやはり重大であり、被告人の資質性格からみて矯正教育にさしたる期待は持ち難く、各犯行につき死刑の選択はやむを得ないところと考えられるが、判示のとおり本件各犯行はいずれも心神耗弱の状況下でなされたものと認められるから、それぞれ法律上の減軽を施し、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐々木條吉 裁判官武部吉昭 裁判官政清光博)

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